自己愛について

自己愛が大事、セルフラブが大事、自分で自分を大事にするのが大事、まずは自分を満たすことから…そういう話はあちこちで聞こえてきますが、その重要さがようやく身にしみてきました。

他人に感謝するのと同じくらい自分に感謝しているか?

他人に敬意を示すのと同じくらい自分に敬意を感じているか?

他人の時間を大事にするのと同じくらい自分の時間を大事にしているか?

自分が今一番大事なモノと同じくらい自分の体を大事にしているか?

他人を許そうとしているのと同じくらい自分を許してきたか?


自分自身のすべてを認め、自分自身のすべてに感謝する。自分で自分に愛を注いでいると、自分を自分でこんなに満たせるんだということに驚きます。

自己愛ワークの心強い相棒はローズクォーツ。ハートに当てていると石があったかくなっていきました。

「ご自愛ください」って言ったり言われたりするけど、「自愛」は本当に奥が深い。ある程度愛せているつもりでも、愛しきれていない部分があったりします。

自分で自分を愛することへの抵抗というものが、ほとんどの人間にはいつの間にか埋め込まれています。「あの人、自分のことが好きだなんて、気持ち悪いね」「ナルシストなんじゃない?」みたいな話をどこかで聞いたりして、さらにその信念が強化されていきます。「こんな自分なのに、愛するに値しない」と思えてきます。「完璧じゃないと、愛されない」「誰かに役立たないと、愛されない」「もっと社会や世の中に貢献しないと、愛に値する人間にはなれない」などなど。

自分を愛したって、誰にも迷惑はかかりません。むしろ、自分を愛することで、他人を愛することができるようになり、自分を愛することは、自分のためであり、結果として世のため、人のためになり、それこそ社会貢献なわけです。だけど、世の中では自分を愛することはあまり奨励されていないような風潮があります。「もっと頑張れ」「他人に、社会に貢献してこそ価値がある」「成果を出してこそ認められる」「自分のことよりも周りを優先するのが善いことだ」…どちらかというと、そんな風潮だったかと思いますが、今は過渡期で、すでに変わりつつあるし、変わってもいってるし、世の中の常識は移り変わるものです。どっちがいい、わるい、ではなく、結局はその中で自分が何を選択するかです。

日本語では愛を語る習慣というのがあまりありません。愛という言葉自体に抵抗感を感じる人も多いかもしれません。ぼくも通訳を始めた頃、英語のloveを「愛」と訳しながら、なんだかこそばゆさを感じる自分に気づき、その抵抗感を外してきました。愛にはいろんな次元があります。万物を愛だと捉えることもできるし、愛情に近いような愛もあります。どんな次元の愛だとしても、自分自身に自分で与えられる愛、自分に足りてなさそうな愛をひたすら自分に与えていくことで、自分の中の何かが大きく動き出します。Love is almighty. 💗🌈