「太陽信仰」というのを聞いたことがあります。ぼくは太陽を「信仰」しているわけではありませんが、太陽の存在が自分の「元気」にずいぶん影響してくるのを感じています。
ぼくは太陽からエネルギーをもらってるんだと、相方に言われて、たしかに…と思いました。学生時代の写真を見ると、修学旅行で野外で写っている写真が一番生き生きしていたと相方に言われ、昔からそうだったんだと気づきました。最近は家と畑と街と山を行き来する暮らしなので、どんな場所にいると自分の元気がでてくるか、わかりやすいですが、外に出るのは移動の時だけで基本的に室内、という暮らしだと、その違いがわかりづらいです。
一日家の中にいると、気分が沈んでくるものです。数分でも、外に出て太陽の光を浴びると、さっきまでの気分がウソだったかのように気持ちが晴れ晴れとすることがあります。「考えるより外に出ろ」、ということでしょうか。悶々と悩んでいるより、外を散歩するほうが解決に向かうこともあるでしょう。
昨今は自由に外を出歩けない状況が増え、困った世の中になったものです。せめて、昼間は窓を開けて新鮮な空気をふんだんに取り入れたら少しは違うかもしれません(花粉症も厄介な季節ですが…)。
東京にいた頃は、基本的に家でパソコン仕事をしていましたが、夕方になると毎日のように近所の公園に散歩に行きました。太陽を求めていたのでしょう。だんだんと散歩の時間と距離が増えてきて、そのうち、何時間もかけて遠くのパン屋さんまで歩いたりするようになりました。
今は散歩中に誰かとすれ違っても、なるべく距離をあけなければいけないような世の中で、寂しいものがあります。散歩中の犬がしっぽを振って近づいてきても、うかつに撫で回すわけにもいかなさそうです。
横方向の距離は制限されて狭苦しいですが、空を見上げれば無限の広がりが感じられます。できるときに、春の陽気を思い切り吸い込んでおきたいものです。
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by 硲 允(about me)