「フクシマ事故と東京オリンピック」(小出裕章 著)を読んで。

フクシマ事故と東京オリンピック(小出裕章 著)」という本を読みました。




小出さんのことは、福島の原発事故後に知り、原発について著書や講演でいろんなことを教わりました。小出さんは、「未来のエネルギー」を担うとされた原子力の平和利用を夢見て東北大学工学部原子核工学科に入学されましたが、原子力について専門的に学べば学ぶほど原子力発電に潜む破滅的危険性に気づき、入学2年後には考え方を180度転換し、以来、40年以上にわたって原発をなくすための研究や運動を続けてこられたそうです。

この本は、小出さんがひとりの日本人女性から依頼を受けて「フクシマ事故と東京オリンピック」と題する文章を書き、それが後に英訳され、世界各国のオリンピック委員会などに書簡として送付されたものが基になっているそうです。本書も7ヵ国語対応となっています。

原発事故により、広島原発168発分のセシウム137が大気中に放出されたといいます。その後、海に放出されたものを合わせると、広島原発約1000発分…。福島の原発1、2、3号機にはもともと、広島原発に換算すると約8000発分のセシウム137が存在していたそうです。事故が起きた原発の収束は見通しが立たず、放射性物質をどこかに閉じ込めたとしても、それを今後数十年~100万年にわたって安全に保管し続けなければならないといいます。事故現場はとんでもないレベルの放射線量で、ロボットですらICチップの放射線があたると命令自体が書き換わってしまい、これまで送り込まれたロボットのほぼすべてが帰還できなかったそうです。

汚染水を海に流したというニュースを時々目にします。薄まるから大丈夫とか言って、むちゃくちゃな話だと思います。二千何年だったか、海の魚よりプラスチックゴミのほうが多くなるという話を最近聞きましたが、プラスチックにしても放射性物質にしても、海がごみ捨て場にされています。

本の中に、こんな一節があります。

多くの人にとって、家族、仲間、隣人、恋人たちとの穏やかな日が、明日も、明後日も、その次の日も何気なく続いていくことこそ、幸せというものであろう。

そんな幸せが一瞬にして砕かれた。生活を破壊され、絶望の底で自ら命を立つ人々が未だに後をたたないそうです。

「放射線管理区域」という言葉は、3.11後に小出さんの本で初めて知りましたが、放射線に関する業務に従事している者だけが立ち入りを許される場で、その中では水を飲むことも食べることも禁じられるそうですが、それと同じレベルの放射線が存在する場所で、数百万人の人々が暮らしています。

野球場の写真が載っています。2014年では、グランドに足の踏み場もないほど、放射能で汚染された土を詰め込んだフレコンバッグが積み上がっていますが、同じグランドの2017年の写真では、バッグが姿を消し、何事もなかったかのように野球をしている人々の姿があります。これを見てどう思うかは人それぞれですが、ぼくは不安を感じずにはいられません。

事故を起こした原発の処理も見通しが立たず、生活の苦しみから命を立つ人があとを立たない状況でオリンピックを開催しようというのは異様な試みだと思いますが、原発事故はもう過去のことのようになり、オリンピックに熱を上げている方もいるというのは、やはり普段どんな情報に触れているかが大きいように思います。

文字が少なく、写真が多い本で、30分もあれば読めて、日本の現状を改めて痛切に知らされます。オリンピック委員会の方たちは、その手紙を読んでどう思ったのでしょうか。


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by 硲 允(about me)