病気になりそうなものを食べるのが普通という恐ろしさ


先日、「こんなの毎日食べてたら病気にならんやろなぁ」というような話が聞こえてきた。

そうか、食事というのは食べたら病気になるようなものが普通になってしまっているのだと、改めて思った。

ぼくは病気になりたくないので、普段、これを食べたら病気を引き起こしそうだ、と思うものを口にすることはほとんどない。とはいえ、かつては病気の原因になるようなものばかり毎日食べ続け、実際、身体は不調だらけになった。身体が不調だらけでは生きていくのが大変なので、食や生活全体、気をつけるようになった。

かつては、病気になっても、病院に行けばまぁ何とかなるだろう、とどこかで思っているところがあった。ところが、病院に行ってクスリをもらったり治療を受けたりしても、一時的に症状を消したり、わるいところを取り去ったりできたとしても、必ずしも根本的に健康が回復するわけではない、ということがいろいろわかってきてから、自分の健康は自分で守るしかない、と思うようになった。

あせも一つとっても、病院に行けば、抗生物質が処方され、最初の年はそれを1度塗れば、症状が見事に消えたが、次の年は数回塗らなければ効かなくなり、翌年は同じクスリが効かなくなって別のクスリを処方されたがあまり効かず、そのうち、もっと広範囲に激しくあせもがでるようになり、夏はエアコンの効いた部屋でじっとかゆみに耐えているしかなくなった。今考えれば、あれはあせもというよりも軽度のアトピーで、抗生物質によって毒素の排出を抑え込み、身体にとってよくないものをさらに体内に入れたことで、症状が悪化したのだろう。

胃が慢性的に痛かったり、不整脈があったり、腰や背中の調子がわるかったりしても、どこへ行っても完全に治してもらうことはできなかった。虫歯にしても、腕のよくない歯医者に行くと、痛くなかった歯を削って抗生物質を入れたが効かずに何度も削っているうちに菌が神経に達して余計にひどくなったり、病院に行って体調が余計に悪化するということを何度も経験して、病院嫌いが加速した。

病院に頼らないとなると、自分が頼り…というか、自分の身体の自然治癒力が頼りとなり。それを頼りとするならば、日々、自分の免疫力や自然治癒力を高める暮らしをする必要がある。自分が健康にいいと思うものを食べ、やりがいを感じることを日々おこない、よく寝て、過度なストレスはかからないように心がけ、心身の状態を日々自分でチェックし、その時々の状態によって暮らしを整えていく。

病気を引き起こすと思えるようなものを日々食べ続ける、というようなことは、今では考えられない。何が身体にどうわるい、というようなことが少しずつわかってきたから、というのも大きいのかもしれない。農薬ひとつとっても、「薬」という漢字が付くくらいだから、人間が困ったときに服用する「薬」のようなもので、野菜にも必要な「薬」だというようなくらいの感覚で捉えられる場合もあるのかもしれないが、クスリの副作用は知れば知るほど恐ろしく、クスリ嫌いのぼくにしてみれば、「農薬」よりも「農毒」と呼びたい。「農毒」まみればの野菜を食べ続けて健康になれるはずがない。「農毒」のみならず、何も考えずにてあたり次第、気分任せで目の前のものを食べていると、放射能、遺伝子組み換え、有害な食品添加物…あらゆる毒を体に取り入れてしまう。

何が健康によくて、何がよくないのか、というのは、100%正確に判断することはなかなか難しい。とはいえ、「こんなの食べてたら病気にならんやろなぁ」と自分が感じる食事というのは存在する。そういうものをなるべく毎食たべていれば、そうそう大きな病気はしないのではないかと思う。

そういえば、古代ギリシアの医者ヒポクラテスは、「汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ」という名言を残しているらしい。


【関連記事】

by 硲 允(about me)