「下り坂をそろそろと下る」(平田オリザ 著)という本に、うちの近所の陶小学校(香川県綾川町)の事例が出てくると、相方が教えてくれた。
一見、普通の小学校だけど、演劇を使った先進的な教育プログラムを行っているらしい(「キラリ科」と呼ばれる)。全学年、1週間に約2時間をもそれに充て、国語の教科書に出てくる話を劇にしたり、生徒らが自分たちで台詞を考えたりし、豊かな表現力やコミュニケーション能力を育てることを目的としている。
9割以上の生徒たちが「キラリ科」の授業を楽しいと感じているとのこと。小学校高学年くらいになってくると、人前で発表したり意見を言ったりするのが増えてくるものだけど(ぼくもそうだった)、演劇の授業がそんなに楽しいものになっているとはすごい。もともと、演じるのが好きな生徒が多かったことから、このような取り組みが始まったとのことで、演じるのが好きな生徒がたくさんいるというのも面白い。下校途中、木の棒を振り回してチャンバラごっこをしている子どもたちを時々見かけるけれど、あれも演技の一つかもしれない。
「キラリ科」を行ってきた結果、生徒たちの国語力が向上し、言葉への関心が高まったらしい。ぼくは今は言葉が好きだけど、小学校の頃はほとんど関心がなかった(読書感想文を泣きながら書いた記憶がある)。演劇をすることで言葉への関心が高まるというのも面白いなぁと思う。小学生くらいの年齢のときに体験したことは、大人になっても体で覚えている。小学生のときに楽しく演劇をした体験は後々の人生でも役立ってくるのだろうと思う。
小学校の国語の授業というと、教科書に出てくる話を読んで感想を言わされたけれど、特に感想はなくて何も言えず、先生に嫌みを言われた記憶ばかりがよみがえってくる。教科書の話を読んで、何となく感じることはあっても、練習していないとそれをなかなか言葉にできない。そういうのをうまく引き出すのが先生の役目だと思うけれど、そういう意欲のある先生にはあまり出会えなかった。
学校だろうが自宅だろうが、勉強だろうが遊びだろうが、子どもたち(大人たちも)は「好きなこと」であれば熱中して取り組んで、いつの間にか上達する。生徒たちの「好きなこと」をきっかけとした演劇の教育プログラムだからこそうまくいったのではないかと思う(演劇が嫌いな子どもの多い学校ではうまくいくはずがない)。演劇に限らず、それぞれの学校の子どもたちが好きなことを取り入れた独自の教育プログラムがいろいろ生まれてくれば楽しそう。大半の生徒がそのことを好きだとしても、苦手だったり嫌いだったりする生徒も中にはいるだろから、そういう生徒たちも一緒に楽しめる工夫も必要だと思う(演劇で台詞を言うのが嫌いでも音楽が好きなら楽器を奏でたりバックミュージックを担当したり)。
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