美容室遍歴

昔、美容室に行くのは面倒で億劫だった。

子どもの頃は父に散髪してもらっていたが、高校生くらいになるとカッコをつけ始め、美容室に行ったほうがかっこいい髪型にしてもらえるような気がして、おしゃれっぽい美容室を探して行き始めた。

おしゃれっぽい美容室というのはどうも緊張する。ヘアスタイルの雑誌を手渡され、パラパラと見てみるが、現実離れしている感じがした。その中で自分に似合いそうなものを探せなかったし、こんな頭にしてください、というのも何か照れくさかった。

床屋は床屋で、今度は野蛮な感じがして苦手だった。野蛮な床屋ばかりではないと思うが、美容室のような清潔感やおしゃれ感は欠けていることが多い。おしゃれっぽい美容室もそれはそれで苦手だが、むさ苦しすぎる床屋というのも、ださい髪型にされそうで心配になる。

長く通いたい美容室にはなかなか出会えなかった。

小学校のクラスメートの関係者が経営している美容室に行ったときのことを思い出した。カットの腕前はよくわからなかったが、悪ふざけてして、ぼくの耳元で風船を破裂させた。こんな美容室は探してもなかなか見つからないだろうけど、美容室の当たりはずっとわるかった。子どもの頃、よく中耳炎になったり、今も耳を痛めやすかったりなにかと不調があるが、あの風船爆発が発端だったんじゃないかと、いまだに時々思い出すと腹が立つ。

遠くに引っ越すと、また新たに美容室探しが必要になる。大学生の頃、東京で寮暮らしを始め、たしか、最初に行った美容室はveggy(ベジー)とかいう名前だった(ちょっと違ったかもしれない。今検索してみると出てこないので、もうなくなったのかもしれない)。店の外でおしゃれなかっこうをした美容師さんらしき人がチラシを配っていて、料金も東京の美容室にしては手頃だったので入ってみると、担当してくれたのはいかにも床屋のおっさんだった。頭の扱い方も、切り方も雑で不器用な感じで、髪を切られている最中にイライラするくらいあらっぽかった。ようやく切り終え、最後に髪を洗うわけだけど、頭皮が痛いほどゴシゴシこすられてまいった。あとになって、店名の意味がようやくわかった。veggyというのは野菜のことだろう。たしかに、あの頭の洗い方は、ジャガイモか何かをゴシゴシ洗う感じだった。この美容室も当然、1回しか行かなかった。

美容師さんの中には、初めてのときは感じがいいのに、次回から指名でお願いすると、気を許しはじめたのか、もうリピーターになったと安心したのか、丁寧さが失われてずいぶん印象が変わってがっかりすることも少なくなかった。友だち関係でも、関係が長くて気の知れた友だちよりも、まだ関係が薄くて気の遣う相手への配慮が上回ったり、というのはありがちだけど、そうならないように心がけたいものだとよく思う。こういうことがあった美容室で、次から別の人にお願いする、というのも気まずいので、結局、別の美容室に行くことになる。

そんなこんなで、髪が伸びてくると困ったなぁ、という感じだったのだけど、ついに、毎回行くのが楽しみな美容室に出会った。東京の街なかで個人で経営されている美容室で、予約制の貸し切りサロン。美容師さんとのお話も楽しいし、パーマやカラーをしないお店なので、ぼくの嫌いな化学臭も無し。自然体なヘアスタイルにしてもらえて、すっきり、さっぱり、すがすがしくなって毎回帰ってきた。

香川に移住することになり、さて、美容室はどうしよう…ということになった。パーマ液の臭いが漂う美容室はもう無理!そうじゃない美容室も見つけたけど、遠くて行きづらい。引越し前から計画していた通り、自宅で相方と切り合うことにした。東京でお世話になった美容師さんにいただいたケープを着用し、同じくいただいたカットの教本を参考にしつつ。最初はおそるおそるで、相方の髪を切るのに半日がかりだった。髪がどこからどう生えているのかもよくわからない、というところからのスタート。ほうほう、前髪というのはこう生えているのか…。髪留めすら上手く使えず、髪を引っ張って注意されながら。これが美容室でお客さん相手だったら、すぐに怒って帰ってしまうだろう。美容師さんは、美容師学校で勉強しただけでは実践で切れるくらいにはならず、そこからが修行の始まりだという話を聞いたことがあるけど、美容師さんは大変だ。カットモデルをハンティングして練習を積むらしい。東京の駅前でハンティングしている美容師さんに時々出くわした。慣れないうちは危うげでも、だんだんできるようになるもので、少しずつ上達し、切るのにかかる時間も短くなってきた。田舎の道を歩いていると、ガレージで家族の髪を切っているような風景に時々出くわす。昔はみんな家で髪を切っていたのだろう。ヘアカットは、野菜を育てるのと同じように、生活に必須の技術だったのだろう。ちょっと下手だったり時間がかかたりしても、ハサミと櫛さえあれば、家で切れる、というのはなんだか心強い。畑で野菜が育っている安心感に通じるものがあるかもしれない。最近は、指を痛めて長時間のハサミもきつく、相方の髪がずいぶん伸びてしまっている。手入れしないと伸び放題になるのも畑と一緒である。