ごきげんよう。

最近、ブログの書き方が変わってきた。何年も前から毎日のように見てくれている方は気づくかもしれないけれど、あまりわからないレベルかもしれないが。

人間が変われば、書くものも変わる。毎日のように更新しはじめて、6年以上になる。さすがにその間に自分も変化してきた。人間としての変化も表れているはずだけど、毎日のように書いていると、買い方についてもいろいろ考えるところがある。

最初の頃は、読む人がごく限られていたので、読む人をある程度想定できたし、大勢に読まれる可能性は低いので、対外的な緊張感は少なかった。今もたいして大勢に読まれているわけではないけれど、定期的に訪れてくれる方は増え、誰が見てくれていてもおかしくない、という感じがするので、私的な日記ではなく、パブリックな空間に向かって発信しているという意識が強くなった(内容はあいかわらず私的な日記的なものが多いのだけど)。

誰が見てくれているかわからないからといって、用心しすぎたり慎重になりすぎたりして、無難なことしか書けなくなる(書かなくなる)、というのは望むところではない。それなら書かないほうがマシだと思う。誰が見てくれているかわからないという緊張感をエネルギーにして、好き勝手に書いていきたい。

日々の暮らしにはある程度の緊張感が必要だと、この頃よく思う。ぼくは特に、家や自分とこの畑や庭でばかり過ごしていると気持ちがだらけてきやすいので、緊張感が足りなくなってきたと感じたら、緊張感のある場所で出かけるように心がけている。ブログを書くのも、一種のお出かけかもしれない。自分の身体は自分の部屋に居るままだけど、自分が書いた文字や写真は、ケーブルに乗って、日本中、たまには海外にも旅をする。旅先で何が起きているのか見えないのは残念だけど、旅に出るには旅支度が必要だし、それなりの緊張感が生まれる。

自分が書いたものが何の役に立つか、どんな意味があるか、などと考え出すと、書くのが辛くなってきやすい。意外なものが意外なところで役立っている、というのを知ることがある。書いたものがどこへ行き、誰にどう扱われているか、消費・消化されているか、わからないのがよいところもあるのかもしれない。時々わかると面白いが。

誰かを無闇に傷つけたり怒らせたりするものは書きたくないが、無難なことばかり書くのもつまらない。これを書いたら不愉快に思う人もいるだろうな、と思いながら書くこともあるが、不愉快に思われても書く意味があると自分で思えることを書くことにしている。意味もなくただ不愉快なものを書くのは避けたい。誰かから見ればそういうものも書いているだろうけれど、自分ではそれを書く意味があると思って書いている。

人の気分を軽くしたり、明るくしたり、前向きにしたり、というものを書けたらいいなとは思うが、それを目指しすぎても自分が苦しくなる。サービス精神もほどほどがいい。自分に余裕がなくなれば、他人のためを思う余力がなくなる。まずは自分が無理なく、楽しく、面白く、愉快にしていることを心がけている。その余力で、ピンポイントで他人のためを思って何かするくらいが自分には合っているようだ。体力も気力もあり余っているほうではない。自分の体調がすぐれないと、簡単に不機嫌になる。不機嫌では、ろくなことを生み出せない。自分の機嫌をとるので精一杯なことも多い。でも、それが基本だろうと思う。みんなが自分の機嫌をとれていれば、世の中、ずいぶん平和で住みやすくなるだろう。自分の機嫌がよければ、相手の機嫌がだんだんよくなってくることも多い。まずは自分から。相手の機嫌がよければ自分の機嫌もよくなる、相手が不機嫌だと自分も不機嫌になる、というのでは心細い。相手がどうあれ、自分は機嫌よくいたいものだけど、それはけっこう難しく、そのための修行が要る。ブログも自分の機嫌がいいときでないと書けない。機嫌がわるいときに、誰かの気持ちをいい方向に向かわせるものなんて書けそうにない。そういうものを書こうとしなければなんだって書けるわけだけど、機嫌がいいときしか書けない、というところに、自分が書きたいものがどういうものか、というのが表れているようにも思う。誰かの機嫌がよくなるようなものが書けたらいいな、と思う。それを狙いながら書こうとは思わないが、結果的にはそうなったほうがうれしい。そのためにはまず、自分がご機嫌でいて、ご機嫌で書く必要がある。誰かとケンカして心がもやもやしているような時にはとても書けない。誰かの機嫌がよくなるものを、といっても、たまには、機嫌を損ねてしまいそうなことを書くこともある。一時的、短期的に機嫌をとるのはゴマすり、ごまかし、ということもある。長期的な機嫌を大事にするなら、耳に痛い、目に痛いことも必要になるだろう。ぼくもそういうことを言ってくれる人のおかげで、長期的スパンでご機嫌でいられている。

ご機嫌でいるには、健康も大事だと思う。体や精神に不調があると、ご機嫌でいるのが難しい。精神力でカバーできるところはあるかもしれないが、それにはエネルギーを使うし、限界もあるだろう。健康に興味があり、健康に関するものを書くことが多いのは、ご機嫌でいることを大事にしているから、というのもあるかもしれない。