「赤ペンチェック 自民党憲法改正草案」(伊藤真 著)を読みました。著者の伊藤真さんは、弁護士で、「伊藤塾」(法律資格の受験指導校)の塾長。法学部出身の友人が「イトマコ」と呼んでいたのを思い出します。
この本は2013年に発売されたもので、現行の日本国憲法と自民党による憲法改正草案を並べて比較していくという構成になっています。自民党による改正理由、著者の伊藤真さんによる「チェック問題」とその答え(改正の内容についての解釈や説明)が載っていて、シンプルな構成で、説明も簡潔なのでとてもわかりやすいです。もっと早く読めばよかった!
帯に書かれたこんな質問から始まります。
正解はもちろんBです。
本文中の憲法チェック・トレーニング問題の「憲法は、どうして必要なのでしょか?」という問題に対し、こう答えています。
原始的な社会や専制君主国家でも「憲法」(慣習的なルール)はありました。しかし、権力者の自由度が比較的高かったため、時として横暴な政治が行われ、国民を強く抑圧することがありました。そこで近代以降の憲法は、国家権力から国民の権利・自由(人権)を保障するために、権力者が守るべきことを定めるようになりました。このような考え方を「(近代)立憲主義」と呼びます。憲法は、権力者の上位に立ち、権力者に歯止めをかけるためのものです。
ところが、自民党の改憲草案は、立憲主義を逆行、放棄するものであることが本書では明快に示されています。
たとえば、現行憲法の第13条では「すべて国民は、個人として尊重される」と定められていますが、自民党の改憲草案では、「個人」の「個」がとれて、「全て国民は、人として尊重される」に変わっています。
伊藤真さんによると、「個人」の尊重とは、人種・宗教・性別などに関わらず一人ひとりを大切にするということで、全体主義ではなく個人主義(個々人の主体性を重んじること)であるという考え。「個」を取り去ってしまうということは、個人のための国家ではなく、国家のための個人になるということ。
現行憲法の第13条は、こう続きます。「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」。
この部分、自民党草案では、「公共の福祉」が「公益及び公の秩序」に変わっています。「公共の福祉に反しない限り」と但し書きしているのは、ある人と他の人の人権の衝突が起こった場合に、それぞれの人権を尊重しながら調整する、という原理だそうですが、ここを変更しているのには、ある意図があるとのこと。つまり、国民に対し、「公益及びお公の秩序」に服従する義務を課し、人権は「公益・公序」に反しない範囲でしか認めないということ。このように変更すると、法律による人権制限が簡単にできてしまうおそれがあるそうです。
憲法9条を見てみましょう。
「戦争の放棄」から「安全保障」にタイトルを変え、国防軍の保持を明記しています(自民党草案 第9条の2「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。」)
自衛隊を「国防軍」とすることは、単なる名称変更ではなく、交戦規定や軍事法規を定め、軍法法廷を設置し、現行憲法の下では認められない徴兵制を視野に入れることも可能となってくるとのこと。国連決議なしに、多国籍軍として国際協力の名の下に戦争に参加することが容易になり、米国と共に普通に戦争ができる国にする内容。
「そんなのはイヤだ」と言って、デモや集会をしたらどうなるか?
改憲草案の9条の二、3項にはこうあります。「国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。」
さっきもでてきた「公の秩序」です。「公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動」とは、国内で暴動や内乱が起きたときに事態を収拾する任務(治安出動)を認めることらしいです。つまり、国家安全保障のために戦争が必要だと国が判断しているのに、「戦争はイヤだ」といってデモをしたら、国防軍が治安維持の名の下に軍事的制圧を行うことが可能になるということ。
現行憲法の第21条には、表現の自由が定められています(「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」)。
自民党改憲草案では、この後ろに但し書きが加えられています。「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」
またもや、「公益及び公の秩序」がでました! つまり、「政府の方針」とは異なる表現活動や集会やデモに規制がかかる可能性があるということらしいです。たとえば、政府が戦争に参加すると言っているのに、それに反対するデモや集会や言論活動は許されない、ということになる可能性があります。
読めば読むほどおそろしくなってきます。
憲法36条では、「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」と定められていますが、自民党改憲草案では「絶対に」がなくなり、改正理由は特になし。「やる気まんまんですか!?」と思えてしまいます。
自民党改憲草案の98、99条には、「緊急事態条項(緊急権条項)」が新たに加えられています。
緊急事態とは何かというと、「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態」と自民党草案の条文にありますが、これだと、何だって緊急事態にしてしまえるおそれがあります。
改憲草案99条4項にはこうあります。「緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」。
伊藤真さんによると、緊急事態という名の下に、インターネットによる情報規制をはじめ、どのような人権侵害も可能になるとのこと。
というわけで、ごく一部を紹介しましたが、自民党の改憲草案は全体にわたって、国家を国民の上に置き、国民の義務を定め、国民の自由や人権を奪うような内容になっています。草案を読んでも憲法や法律の素人にはいまいちわからないところも、その意味合いや狙いをわかりやすく説明してくれています。
この本を読んでいると、自民党の改憲草案が実現した後の日本のイメージが浮かび上がってきます。こんな日本にしたい人は、日本でも少数派なのではないかと思います。多くの国民が政治に無関心でいるうちに(ぼくもその一人ですが)、自民党の改憲案のような憲法に変えたい人たちが何十年も熱心に活動してきたことを、「日本会議の研究」(菅野 完 著)という本で知りました。
この流れを阻止するには、とにかく今回の参院選(投票日7月10日)で、改憲勢力が議席の3分の2を確保するのを阻止すること。野党はそのために共闘していますが、自民党は改憲を争点にすることを避け、マスメディアの報道も足りず、高知の街頭で聞き取り調査をしたところ、「3分の2」と言われても何のことかわからない人が8割を超えるというニュースがfacebookで流れてきました(「改憲への「3分の2」 高知で83%意味知らず」高知新聞)。
投票日まで残された時間はあと3日。できることをやりきりたいと思います。