デカイ野菜はまず怪しむ


相方と野菜の話をしていて、「(売っている)デカイ野菜はまず怪しむもんね」という話になった。

そういえば、かつては大きい野菜をよろこんで買っていた。大きな大根を1本買えば、何食も食べられてなんだか得した気分になる。大きすぎる野菜は買っても食べきるのが大変と思う人が多いのか需要が少ないようで、案外安い値段がつけられていることが多い。

自分で野菜を育ててみると、野菜の適正サイズがわかってくる。適正サイズというか、肥料も堆肥も与えなければどんな野菜がどれくらいの大きさに育つものなのか、どの種類の野菜がどれくらいの大きさになっていればどんな肥料を与えているのか、という感覚が身についてくる。

先日、巨大な四葉きゅうりが販売されているのを見かけた。うちで育つ四葉きゅうりの3倍はあっただろうか…。無農薬で育てられたものだとしても、大量に肥料を与えているような野菜は不自然だという感じがする。不自然に体を大きくされた野菜は果たして人間の身体を養うのにふさわしいかどうか…それは各人の感覚で判断すべきだと思うけれど、ぼくはそういう巨大野菜よりも、小ぶりな野菜のほうが見ていて落ち着くし、食べて美味しいことが多い。

大根は大根でも、きゅうりはきゅうりでも、ものによって栄養価が違うといわれている。測定したことはないが、食べてみれば身体でわかる。手前味噌だけど、うちの畑で育った野菜は、ゆっくりと時間をかけて育つことが多く、小ぶりな体に栄養がつまっているらしく、少し食べて満足する。

野菜ばかり食べて栄養が足りているのか疑問を投げかけられることが多いが、野菜といっても、食べている野菜が違うことも大きいように思う。農薬と化学肥料を使い、温室で育てられたような野菜ばかりでは、なかなか充分な満足感は味わえないかもしれない。肉食だった人がヴィーガンやベジタリアンになって衰弱した、というような話をネットで見かけることが時々あるが、どんな野菜を食べていたか、という問題もあるかもしれない(それに、精製したパンやお米ばかりでは栄養が足りなくなる可能性もある)。

無農薬の野菜を食べ始めた頃、自然食品店の店頭で書かれた説明を見て、農薬がよくないのはすぐにわかったけど、無肥料を謳っているのを見てすぐに理解ができなかった。よく読むと、肥料を与えないことで、野菜そのものの力を引き出すんだというようなことが書かれていて、なるほどと思った。食べてみて、さらになるほどと身体で感じられた。本物の野菜は、体験してみないことにはわからない。感覚が麻痺していると一度の体験ではよくわからないことも多く、何度も体験しつづけてそのうちわかってくることもあると思う。少なくとも生きている間にわかってきてよかったと思うことが時々ある。


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by 硲 允(about me)