パン遍歴

自分にとって「パン」というと、昔はスーパーで売っている食パンだった。あれが「当たり前のパン」だと思っていた。「当たり前の食パン」は、たいして好きでもなければ嫌いでもなく、朝食として食べるものだった。ちょっと味気ないので、チーズを乗せてオーブントースターで焼いてチーズトーストにしたり、トーストしてからジャムを塗ったり。バターやマーガリンは好まなかった。祖母のすすめでトーストした食パンにスティックシュガーをまぶしたらこれが気に入って、しばらく続けていた頃もあった。

小学校の給食で与えられるコッペパンは不味かった。こんなに不味いパンをどうやったらつくれるのか不思議なくらい、苦痛を与えるパンだった。時々ついてくるいちごジャムがこれまた不味かった。砂糖だらけで人工的な真っ赤な色、いちご果汁は入っていないか、入っているとしてもほんの少しだけだろうと思う。義務教育の昼食でこんなに不味くて身体にも明らかに負担となるような食べものを出すのは大問題だと思うが、当時は何の疑問も抱かず、耐えるべきものだと思っていた。

甘党だったぼくは、菓子パンも好きで、学生時代はよくスーパーやコンビニで買っていた。チョコスティック、チョコクリームパン、ピーナッツクリームパン、メロンパン、レーズンの入った丸パン、チーズ蒸しケーキパン…。思い出すだけでも歯がうずいてきそうな激甘のパンばかり。

それにしても、日本のパンは甘いのが多い。パン屋さんに行くと、たいてい、ほとんどが甘いパンだ。砂糖が入っていないパンをたずねると、1~2種類くらいしか見つからないことが多い。フランス人からすると、日本のパンはパンではない、という話をよく聞く。国によってパンもそれぞれ。日本のパンのほうが好みの方も多いのかもしれないが、パンに関しては、フランスに住む人たちがうらやましい。

20代前半の頃、とある方が石窯焼きのパンを食べているのを目にし、真似して買ってみたら、それまで食べてきたパンとは違って驚いた。今思うと、そのパンにはバターや油脂類が入っていなかったように思う。砂糖も入っていたとしても少しだけだろう。それまで食べてきたパンは油や砂糖たっぷりで小麦の風味が感じられないようなものばかりだったが、シンプルな素材で焼いたパンからは、それまでに味わったことのない「小麦感」が感じられたように思う。

大学のフランス語の授業で、フランスのパンの話を何度も聞いた(落第して同じ授業を何度も受けたので…)。バゲット、バタール、ブールの違いを教わった。どうやら基本的に材料は同じらしいが、形が違っていて、外側のカリカリのところが多いか、中のふんわりもっちりしたところが多いか、人によって好みのものを選ぶようだ。バゲットとバタールは日本でよくいう「フランスパン」の細長い形で、バゲットのほうが細いのかな…ブールは丸っこい。当然、細長くつくると、スライスしたときにカリカリの部分が多くなる。カリカリとふわふわの割合にまでこだわって選んで食べるのかぁ…とはじめて知ったときは妙に感心した。

焼いてからいつまでも柔らかいようなパンは、たいていの場合、油脂がたくさん入っていたり、食品添加物が入っている。なるべく安全な食べものを選ぶようになった頃から、味覚が変わってきたのもあり、菓子パンは買わなくなり、ハード系のパンを好むようになった。最近ではハード系のパンを焼いているパン屋さんも増えてきたが、当時はそういうパン屋さんはあまりなく(今でもハード系を中心に焼いているパン屋さんは少数派だけど)、遠くまででも買いに行った。東京の国立の「タルムリエ」というパン屋さんには、府中のアパートから1時間以上歩いて自家製天然酵母パンを買いに行った。

そのうち、パンは酵母によって味がずいぶん違ってくることを体感的に知った。天然酵母といっても、市販の天然酵母を使うとどれも同じような感じの味になってあまり面白みがなく、自家製天然酵母のパンを好むようになった。天然酵母といっても、例えばレーズンからおこしたものなのか、柑橘類か、小麦そのものの酵母なのか、はたまたタルムリエで知った楽健寺酵母のように人参や里芋などの酵母なのか、によって異なり、材料によっても違ってきて、面白い。

そのうち家でもレーズンや、りんごや柑橘類などで酵母をおこしてパンを焼くようになった。自分でつくり始めると、お店で焼いているパンのことがさらにわかってくる。お店で販売されている本格的な天然酵母パンを食べると、舌や身体全体で学習し、美味しいパンの基準が身についてくる(家でどんなふうにつくっても基本的に美味しいものだけど、これが美味しいパンなんだという自信がついてくる)。

東京で暮らしていた頃は、「タルムリエ」のほかに、「木のひげ」や「ラパンノワール」(実店舗は埼玉)のパンも大好物だった。香川に移住すると、すぐに(その前から)天然酵母のパン屋さんを探し、最初に「ベーカリー クッキア」の存在を知り、香川でも美味しい天然酵母パンを食べられる!と安心したものだった。その後、香川で他にも美味しい天然酵母のパンを焼いてくれているお店にいろいろ出会った(→「香川の天然酵母のパン屋さん8店をご紹介。酵母の種類についても」)。

家でもいろんな天然酵母パンをつくってきて、最近は、レーズンやライ麦でおこした酵母と無農薬の全粒粉100%でつくるフライパン焼きパンに落ち着いた。

白ごまペースト(無いときはピーナッツ100%のペースト)と自家製白味噌に豆乳少々を加えて練ったペーストを塗る(乗せる)のがお気に入り。


ずっしりと詰まったパンなので、おやつにふた切れ食べると満足する。食べ始めると止まらなくなる甘い菓子パンとは大違いで、血糖値が急に上がりすぎず、腹持ちもよい。酸味があるので、よくある食パンや甘い菓子パンに慣れているときに食べると、美味しいとは感じないかもしれない(かつての自分もすぐには受け付けなかったに違いない…)。一口にパンといってもいろいろなパンが存在する。1日にわずか(?)数切れ食べるものだとしても、どんなパンを食べ続けるかによって、(短期的・長期的)将来の健康がずいぶん違ってくるように思う。


【関連記事】

by 硲 允(about me)