さらば、プラスチック食器。

プラスチックの食器を使わなくなって久しい。

普段使う食器は、陶器か、木か、ガラスか、竹。そういうものに慣れると、プラスチックの匂いが気になって、プラスチックの食器では匂いが気になって料理を味わうどころではなくなってしまうだろうと思う。

そういえば、小学校の給食が不味くて苦痛だったのは、食器によるところも大きかったかもしれない。まず、炊きたてご飯がプラスチックの大きな箱に入って運ばれてくるのがオカシイ。せっかくの炊きたてご飯が台無しで、ご飯の香りとプラスチックの匂いが混ざり合って、なんとも言えない…食欲減退効果バツグン。人体に有害な化学物質も滲み出ていることだろう。

さらに、それをよそうシャモジも、お椀も、おかずを乗せるお皿も、お箸も、全部プラスチック製。なんともはや…という感じだけど、当時はそれが当たり前で何も気にしていなかった。

ヒノッキンを叩きに幼稚園や保育所に行くと、子どもたちのプラスチックのマグカップが並んで(積み上がって)いるのを時々見かける。落としても割れないプラスチックは便利なのだろうけれど、ちょっと気の毒に思えてくる。落としても割れないことが大事なら木のマグカップでもいいと思うけれど、みんなプラスチックで統一させられているのだろうか。

同じ食べもの、飲み物のでも、食器によって味が気分がずいぶん違ってくる。プラスチックは味気ないどころかプラスチック臭で食品の風味がかき消されてしまうし、使わなくなったら不燃ごみになるし、メリットは割れにくいことくらいだろうか…。値段が安いこともメリットのあげられがちかもしれないが、有限な石油を掘ってつくり、使ったあとも土に還らないゴミとなるようなものを安い価格で販売できるという商品市場がおかしい。レジ袋も有料になり、プラスチックの使用を減らそうという動きが加速することを願いたい。


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by 硲 允(about me)