『ローカルベンチャー』(牧大介 著)という本を読んだ。
牧さんは元々、大学を卒業して初めて入社した民間の総合シンクタンクに務めていたが、社会貢献や課題解決のために企業する「ソーシャルベンチャー(社会起業家)」の世界に触れ、2003年にソーシャルベンチャーのビジネスプランコンテストに一緒に参加した参加者たちの姿に魅せられ、大きな刺激を受けると同時に、「こういう人たちは東京にはいるけれど、地域にはいない。地域にも発生していけば、地域がおもしろくなる。地域で活躍するベンチャーが出てきたらいいのになぁ」と思われたという。
たしかに今でこそ、地域で活躍するソーシャルベンチャーは雑誌やインターネットなどで次々に見かけるようになったが、当時はまだそういううねりが見えなかった。
牧さんは当時、自治体や県、国の調査・コンサルティングや森林・林業関連の制度設計や計画策定などを手がけられていたが、誰が実行するのか不確定なまま地域での計画書を書き進めなければならないケースが度々あり、分厚い報告書を書き続けるよりもそういう人が一人でも地域にいることのほうがきっと意味があると思い、ご自身がプレイヤーになっていくことや、プレイヤーを増やしていくことにも着手できないかと考えるようになられたという。
そして、高い研究力や専門性を持ちながらも実践までを行える専門家集団をつくろうと組織された「アミタ持続可能経済研究所」に転職し、研究所長に着任された。その後、現在のメインフィールドとされている岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)と出会われた。
西粟倉村は、地方の新しい取り組みの特集などでよく見かける。2018年までに、西粟倉村ではローカルベンチャーが約30社も創業されているらしい。
「ローカルベンチャー」という言葉は、2009年頃までは存在せず、牧さんが提唱された言葉で、「地域には可能性があり、ビジネスを通じてそれを掘り起こすことは実にワクワクする、おもしろいことなのだ!」という強い思いから生まれたとのこと。
牧さんが初期の頃から関わり、西粟倉村が今のような活気あるプロジェクトがどんどん生まれる村へと変化していくまでの道のりが当事者の視点で詳しく書かれており、とても興味深く読んだ。
成功要因はいろいろとあると思うけれど、牧さんが代表取締役を務める「エーゼロ」の事業の一つであるローカルベンチャー支援や、西粟倉村の「地域起こし協力隊」について、それぞれの人の本当にやりたいことを重視しているということがとても印象に残った。
地域起こし協力隊の2015年のキャッチコピーはなんと、「定住しなくて、いいんです。」だったらしい。
やりたいことを貫かせば独善的になって地域の人たちを無視するどころか、むしろその逆で、本当にやりがいをもって挑戦していける状態になるためには、地域の資源や人の可能性を発掘していく作業が不可欠になり、「地域のために協力しなければならない」という前提を置くよりも、結果として周囲の可能性を掘り起こしていくことになるという。
地域起こし協力隊として働いたあとに定住するかどうかにしても、当然、結果として定住してもらえることを望んでいるけれど、定住しなければいけないという前提は移住希望者にとって時にプレッシャーとなるので、そうではなく、本人が精一杯のチャレンジを主体的に積み重ねた結果として村に定着することを期待しているという。
そういう気持ちで受け入れる人も中には少数いる、というのではなく、全体としてその思いを共有し、そのようなキャッチフレーズを打ち出せるというのはすごいことだと思った。
「エーゼロ」が主催する「ローカルベンチャースクール」においても、スタートの時点で、参加者の動機やビジョン、実現可能性などを問いかけ、「なぜそれがしたいのか」「それを通して本当に自分が実現したいことは何なのか」といったことを「棚卸し」してもらうという。
ローカルベンチャーに限らず、これはとても大事なことだと思い、そのまま引用させていただいた。
棚卸しして自分が本当にやりたいことを見つめる時間は5ヶ月あり、その間に、プランのブラッシュアップどころか、プランが白紙になってスタート地点にまで立ち返って一から考え直す人も出てくるという。
都会に暮らす料理研究家の女性の話が紹介されている。食にまつわる活動をしている人は地域との親和性が高く、地域からすれば「ぜひ来てほしい人」の一人だけど、その女性は都会の拠点も大事にしながら他の地域でも活動したいという思いをもっていたため、審査会で「彼女を採択したら、彼女が都会でやりたいことが十分にできなくなってしまう可能性がある。そうなると彼女は幸せなのか」という議論になり、結局、採択者としてその女性を地域に縛り付けてしまうのではなく、本人の幸せを優先すべきということになり、西粟倉村と別の形で関わってもらえる事業形態を模索することになったという。「本人の幸せを最優先する」というのは、極めて重要なことだけど、組織としてはそう簡単に実践できることではない。そのような議論が生まれ、そうした結論に行き着いたという話に感銘を受けた。
西粟倉村が2017年度から取り組みを開始した「起業家型公務員」の話も面白かった。役場内に「地方創生推進班」というチームをつくり(スタート時には、役場の職員の約3分の1が参加)、その活動の一つは、職員の方一人ひとりが何かにチャレンジすることで、「エーゼロ」がこの取り組みをサポートしているという。
開始されたときには12名が参加し、全員がプロジェクトを一つずつ企画したという。かしこまったプランではなく、それぞれの「やりたいこと」で、たとえば、「西粟倉村は夜にご飯を食べられるところが少ない。自分のように独身で40代の男性にとっては、夜の西粟倉はさみしくて仕方がないので、何とかこの村ではしご酒ができるようなところが欲しい。常設ではなく不定期なイベントでもいいので、夜の西粟倉村を楽しめるような屋台村などを村内に仕掛けて、賑わいをつくりたい」といったプラン。
ここでなるほどーと思ったのが、いきなり全部を開始するのではなく、まずは他のプランに対して高い波及効果が見込まれるプランを4つ選び、最初の年度はその実行に向けて、発案者以外のメンバーも参画してそれらの実行に向けて具体的に動いたという。いい流れを生み育てる意識をもって戦略を立て、全体に力が注がれるようにしているとのこと。
役所内でこのような取り組みが行われているとは、驚きだった。なぜそのようなことが実現したのか不思議に思っていたら、かゆいところに手が届くように、次の章で、地方創生推進班のリーダーである上山隆浩さんの言葉が紹介されていた。
それぞれの地域での新しい取り組みについて、その概要や表面的な紹介を見かけることは増えたが、この本では、いろんな立場の当事者のことを紹介しつつ、深いレベルで書かれていて、経験や体験によって得られる知恵のレベルまでなるべく伝えようとしてくれているのを感じた。地域と関わるあらゆる立場の方にオススメの一冊。
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牧さんは元々、大学を卒業して初めて入社した民間の総合シンクタンクに務めていたが、社会貢献や課題解決のために企業する「ソーシャルベンチャー(社会起業家)」の世界に触れ、2003年にソーシャルベンチャーのビジネスプランコンテストに一緒に参加した参加者たちの姿に魅せられ、大きな刺激を受けると同時に、「こういう人たちは東京にはいるけれど、地域にはいない。地域にも発生していけば、地域がおもしろくなる。地域で活躍するベンチャーが出てきたらいいのになぁ」と思われたという。
たしかに今でこそ、地域で活躍するソーシャルベンチャーは雑誌やインターネットなどで次々に見かけるようになったが、当時はまだそういううねりが見えなかった。
牧さんは当時、自治体や県、国の調査・コンサルティングや森林・林業関連の制度設計や計画策定などを手がけられていたが、誰が実行するのか不確定なまま地域での計画書を書き進めなければならないケースが度々あり、分厚い報告書を書き続けるよりもそういう人が一人でも地域にいることのほうがきっと意味があると思い、ご自身がプレイヤーになっていくことや、プレイヤーを増やしていくことにも着手できないかと考えるようになられたという。
そして、高い研究力や専門性を持ちながらも実践までを行える専門家集団をつくろうと組織された「アミタ持続可能経済研究所」に転職し、研究所長に着任された。その後、現在のメインフィールドとされている岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)と出会われた。
西粟倉村は、地方の新しい取り組みの特集などでよく見かける。2018年までに、西粟倉村ではローカルベンチャーが約30社も創業されているらしい。
「ローカルベンチャー」という言葉は、2009年頃までは存在せず、牧さんが提唱された言葉で、「地域には可能性があり、ビジネスを通じてそれを掘り起こすことは実にワクワクする、おもしろいことなのだ!」という強い思いから生まれたとのこと。
牧さんが初期の頃から関わり、西粟倉村が今のような活気あるプロジェクトがどんどん生まれる村へと変化していくまでの道のりが当事者の視点で詳しく書かれており、とても興味深く読んだ。
成功要因はいろいろとあると思うけれど、牧さんが代表取締役を務める「エーゼロ」の事業の一つであるローカルベンチャー支援や、西粟倉村の「地域起こし協力隊」について、それぞれの人の本当にやりたいことを重視しているということがとても印象に残った。
地域起こし協力隊の2015年のキャッチコピーはなんと、「定住しなくて、いいんです。」だったらしい。
やりたいことを貫かせば独善的になって地域の人たちを無視するどころか、むしろその逆で、本当にやりがいをもって挑戦していける状態になるためには、地域の資源や人の可能性を発掘していく作業が不可欠になり、「地域のために協力しなければならない」という前提を置くよりも、結果として周囲の可能性を掘り起こしていくことになるという。
地域起こし協力隊として働いたあとに定住するかどうかにしても、当然、結果として定住してもらえることを望んでいるけれど、定住しなければいけないという前提は移住希望者にとって時にプレッシャーとなるので、そうではなく、本人が精一杯のチャレンジを主体的に積み重ねた結果として村に定着することを期待しているという。
そういう気持ちで受け入れる人も中には少数いる、というのではなく、全体としてその思いを共有し、そのようなキャッチフレーズを打ち出せるというのはすごいことだと思った。
「エーゼロ」が主催する「ローカルベンチャースクール」においても、スタートの時点で、参加者の動機やビジョン、実現可能性などを問いかけ、「なぜそれがしたいのか」「それを通して本当に自分が実現したいことは何なのか」といったことを「棚卸し」してもらうという。
時間をかけてブラッシュアップやメンタリングに力を注ぐ理由は、地域で起業しビジネスを続けるのに、「誰かに褒められたい」「認められたい」という強い承認欲求をもってチャレンジする人が少なくないからです。しかし、残念ながらそれではビジネスは展開しづらく、壁を乗り越え、チャレンジを続けていくことができなくなります。
「こうすれば評価されそうだ」といった自分の外部に起点があるものより、「私がこうしたい!」と自分が起点になっていることが大切です。自分自身で喜びを実感し、自分でエネルギーをつくれないと前進できません。起業家とは、内発的欲求により自分の中からエネルギーが湧き上がってきて、周りにもエネルギーを与えていくことができる存在だと考えていますから。(p. 86)
ローカルベンチャーに限らず、これはとても大事なことだと思い、そのまま引用させていただいた。
棚卸しして自分が本当にやりたいことを見つめる時間は5ヶ月あり、その間に、プランのブラッシュアップどころか、プランが白紙になってスタート地点にまで立ち返って一から考え直す人も出てくるという。
都会に暮らす料理研究家の女性の話が紹介されている。食にまつわる活動をしている人は地域との親和性が高く、地域からすれば「ぜひ来てほしい人」の一人だけど、その女性は都会の拠点も大事にしながら他の地域でも活動したいという思いをもっていたため、審査会で「彼女を採択したら、彼女が都会でやりたいことが十分にできなくなってしまう可能性がある。そうなると彼女は幸せなのか」という議論になり、結局、採択者としてその女性を地域に縛り付けてしまうのではなく、本人の幸せを優先すべきということになり、西粟倉村と別の形で関わってもらえる事業形態を模索することになったという。「本人の幸せを最優先する」というのは、極めて重要なことだけど、組織としてはそう簡単に実践できることではない。そのような議論が生まれ、そうした結論に行き着いたという話に感銘を受けた。
西粟倉村が2017年度から取り組みを開始した「起業家型公務員」の話も面白かった。役場内に「地方創生推進班」というチームをつくり(スタート時には、役場の職員の約3分の1が参加)、その活動の一つは、職員の方一人ひとりが何かにチャレンジすることで、「エーゼロ」がこの取り組みをサポートしているという。
開始されたときには12名が参加し、全員がプロジェクトを一つずつ企画したという。かしこまったプランではなく、それぞれの「やりたいこと」で、たとえば、「西粟倉村は夜にご飯を食べられるところが少ない。自分のように独身で40代の男性にとっては、夜の西粟倉はさみしくて仕方がないので、何とかこの村ではしご酒ができるようなところが欲しい。常設ではなく不定期なイベントでもいいので、夜の西粟倉村を楽しめるような屋台村などを村内に仕掛けて、賑わいをつくりたい」といったプラン。
ここでなるほどーと思ったのが、いきなり全部を開始するのではなく、まずは他のプランに対して高い波及効果が見込まれるプランを4つ選び、最初の年度はその実行に向けて、発案者以外のメンバーも参画してそれらの実行に向けて具体的に動いたという。いい流れを生み育てる意識をもって戦略を立て、全体に力が注がれるようにしているとのこと。
地域をよく知っていて、いろいろな課題にも直面している自治体職員が、忙しくても何かにチャレンジすることを、自分の意思で始める。自分が挑戦者になって、そのチャレンジを実現するためのチームづくりをしながら進んでいくーー。周囲で応援してくれる人や、一緒に考えて悩んでくれる人たちがいると、プロジェクトがどんどん具体化して、形になっていきます。
自分で主体的に考えて行動して、何かを生み出していけるような、そういう一種の起業家型公務員が、これからの地域の鍵になるのではないでしょうか。そういう人たちがいる地域にこそ、ローカルベンチャーは集まってきます。(p. 212)
役所内でこのような取り組みが行われているとは、驚きだった。なぜそのようなことが実現したのか不思議に思っていたら、かゆいところに手が届くように、次の章で、地方創生推進班のリーダーである上山隆浩さんの言葉が紹介されていた。
「西粟倉村が合併を拒否し、その後『百年の森構想』や『心産業』などを打ち出し、歩んできた経緯は影響しているとは思いますが、うちが特別なのではありません。一番肝心なのは、役場の職員が考え方を変えることです。私たちは、ローカルベンチャーの皆さん、他地域や他ジャンルで活動している方、『エーゼロ』の皆さんなど、外部の多くの方たちと出会って、自治体だけの範囲での知識やアイデアの限界に気づかされ、価値観が変わったんです。私も、少しずつ変わっていったんですよ。役場の内部だけで考えていてもそれは自治体の考えにしかなりません。うちの役場の若い人にも、『役場にこもっていないで、外に出て人に会っていってほしい』と伝えています。『丸一日、役場にいなくても大丈夫だから』って(笑)。外部との関係性をどれだけつくっていけるかが重要です」(p. 213-214)
それぞれの地域での新しい取り組みについて、その概要や表面的な紹介を見かけることは増えたが、この本では、いろんな立場の当事者のことを紹介しつつ、深いレベルで書かれていて、経験や体験によって得られる知恵のレベルまでなるべく伝えようとしてくれているのを感じた。地域と関わるあらゆる立場の方にオススメの一冊。
【関連記事】
by 硲 允(about me)
twitter (@HazamaMakoto)