『世代の痛み』(上野千鶴子、雨宮処凛 著)という本を読んだ。
団塊世代の上野千鶴子さん(日本における女性学・ジェンダー研究のパイオニア、東京大学名誉教授)と、団塊ジュニア世代の雨宮処凛さん(作家、活動家、反貧困ネットワーク世話人)との対談本。テーマは、政治、貧困、ジェンダー、フェミニズムなどについて。
団塊の世代とは、1947~49年生まれの戦後ベビーブーマーの世代に対して堺屋太一が命名した世代で、「団塊ジュニア」とは、その後1973~75年に生まれたその二世のこと。ぼくは団塊ジュニアよりも10年下の世代。
世代の違いというのは大きいんだなぁと、この対談を読んでひしひしと感じた。その世代の人たちが当たり前のように共有している感覚や知識、感性などが、別の世代にとっては遠い世界、ということが往々にしてある。それぞれの世代の人たちが育ってきた時代の社会や環境から受ける影響というのは思いのほか大きいのだろう。自分にとって当たり前のことが、一世代上や一世代下の人たちにとっては当たり前ではなくなる。
雨宮さんは、「若者が政治を考えることは禁止」という空気のなかで育ってきたと話す。社会や政治について考えようとしたら、「とにかく、そんなことは考えるな」とすごく言われたという。
ぼくも雨宮さんに近い世代なので、学生の頃は、政治のことを考えたり批判したりしている人はちょっとヤバそうな人、という印象をもっていた。誰から教わったわけでもなく、強要されたわけでもなく、社会や政治について考えることからは大きな距離感を保っているのが自分にとっては当たり前だった。
団塊の世代は、安保闘争、東大闘争などに関わったりメディアで行方を追ったりしていた世代。1972年に起きた連合赤軍による「あさま山荘事件」のテレビ中継は、日本のテレビ史上最高の視聴率、89.7%を記録したという。凄惨なリンチ事件なども明るみに出て、そういうのを後ろから見ていた次の世代は、団塊世代をとことんバカだと思ったはずだと上野さんは話す。その後、無気力、無感動、無関心の「三無主義」が出てきた。
団塊の世代の方と話していると、「左翼」というと、ヘルメットをかぶって暴力事件を起こすヤバい連中だというイメージがかなり強いんだと思うことがある。ぼくの世代では、そういう事件をリアルタイムで見ていないので、「左翼」といってそういう強烈なイメージを連想する人は身近では少ないように思う。こういうところにも世代の違いを感じる。
雨宮さんは、政治的なことは考えてはいけない、口に出してはいけない、ということに加えて、「社会のせいにするな」とも刷り込まれたと話す。
ぼくも学生の頃は、「社会の責任」なんていうことを考えたこともなかった。与えられた社会や環境のなかで、自分が努力するしかない、努力すれば幸せになれる可能性が上がる、と。ぼくの場合は幸い、生活に困ることもなく、好き放題に勉強でき、欲しいものは少し頑張ればなんでも手に入るような恵まれた家庭や環境で育ってきたが、生活に困り、努力しようにも存分にできず、不幸に思える状況に陥ってしまったら、自分を責めるしかなくなってしまう。
団塊ジュニアはまた、「人に迷惑をかけるな」と呪いのように言われて育った世代だと雨宮さんは話す。
たしかにぼくもこの言葉をよく聞いて育ってきた。こういうことを言えるのは、人に迷惑をかけずに済める幸運な境遇にいる人たちである。団塊より上の世代の方が、人のお世話になるな、頼まれたらすぐに「はい」と言える人間になれ、と言うのを聞いたことがある。これは「迷惑をかけるな」よりさらに難しいし、服従的マインドセットで呆気にとられた。
なかには、自分でできることすら自分でできず他人に甘えて迷惑をかけまくって平気でいる団塊ジュニアも身の回りにいるが、生まれ育った家庭や環境によっては、他人にある程度迷惑をかけたりお世話になったりせざるを得ない人もいるわけで、全員に一律に「迷惑をかけるな」と刷り込んでしまうと、迷惑をかけざる得ない人の立つ瀬がなくなってしまう。1990年代後半に、雨宮の周りでもかなりの人が自殺し、みんな言っていたのは、「自分が生きているのは迷惑だから」という言葉らしい・・。こういう考えを刷り込んでしまうのは、なんと残酷な社会だろうか・・。
上野さんは、2000年代に入ってから若い人たちの異変に気づいたと話す。目の前に来る「東大女子」に、リストカットなどの自傷系や、摂食障害で食べ吐きする人が増え、男子学生は対人恐怖と引きこもり…子どもたちの世界にいったい何事が起きているのかと本当にゾッとしたという。
上野さんはかつて、学生をあえて崖から落として自力で這い上がってこい、というようなやり方をする教師だったそうだが、今の学生たちは叩き落としたら壊れる、ということを学んだという。
「結局、壊れることでしか自分を守れないんですよ。自己防衛として。」と雨宮さんは語る。
雨宮さんはさらにこう話す。
苦しいときを経験してきた雨宮さんだから言える、愛のある代弁だと感じる。
どの世代も、どの時代も、努力する(できる)人、甘える人、頑張る人、怠ける人、といった割合は、そう変わらないのではないかと思う。もちろん、全体的にラクできる世代もあれば、全体的に苦しい時代もある。どんな時代であっても、本当に苦しい境遇にある人に対し、「本人の責任だ」で済ませてしまう社会は、誰にとっても生きづらい社会だと思う。たまたま今、恵まれた環境にあっても、いつ誰が苦しい立場になるかわからないし、他人の苦しみはどこかで自分ともつながっている。
複雑化し、細分化され、隠蔽された社会では、何がどうなっていて、何の原因が何にあるのか、簡単には見えてこない。目の前のことに自力を尽くすとともに、社会全体、世の中全体のことにも視野を広げて視点を行き来し、自分にできる小さなことでも手を打っていくことも重要だと感じる。世代を越え、時代を越えて視野を広げてくれる一冊だった。
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by 硲 允(about me)
twitter (@HazamaMakoto)
団塊世代の上野千鶴子さん(日本における女性学・ジェンダー研究のパイオニア、東京大学名誉教授)と、団塊ジュニア世代の雨宮処凛さん(作家、活動家、反貧困ネットワーク世話人)との対談本。テーマは、政治、貧困、ジェンダー、フェミニズムなどについて。
団塊の世代とは、1947~49年生まれの戦後ベビーブーマーの世代に対して堺屋太一が命名した世代で、「団塊ジュニア」とは、その後1973~75年に生まれたその二世のこと。ぼくは団塊ジュニアよりも10年下の世代。
世代の違いというのは大きいんだなぁと、この対談を読んでひしひしと感じた。その世代の人たちが当たり前のように共有している感覚や知識、感性などが、別の世代にとっては遠い世界、ということが往々にしてある。それぞれの世代の人たちが育ってきた時代の社会や環境から受ける影響というのは思いのほか大きいのだろう。自分にとって当たり前のことが、一世代上や一世代下の人たちにとっては当たり前ではなくなる。
雨宮さんは、「若者が政治を考えることは禁止」という空気のなかで育ってきたと話す。社会や政治について考えようとしたら、「とにかく、そんなことは考えるな」とすごく言われたという。
ぼくも雨宮さんに近い世代なので、学生の頃は、政治のことを考えたり批判したりしている人はちょっとヤバそうな人、という印象をもっていた。誰から教わったわけでもなく、強要されたわけでもなく、社会や政治について考えることからは大きな距離感を保っているのが自分にとっては当たり前だった。
団塊の世代は、安保闘争、東大闘争などに関わったりメディアで行方を追ったりしていた世代。1972年に起きた連合赤軍による「あさま山荘事件」のテレビ中継は、日本のテレビ史上最高の視聴率、89.7%を記録したという。凄惨なリンチ事件なども明るみに出て、そういうのを後ろから見ていた次の世代は、団塊世代をとことんバカだと思ったはずだと上野さんは話す。その後、無気力、無感動、無関心の「三無主義」が出てきた。
団塊の世代の方と話していると、「左翼」というと、ヘルメットをかぶって暴力事件を起こすヤバい連中だというイメージがかなり強いんだと思うことがある。ぼくの世代では、そういう事件をリアルタイムで見ていないので、「左翼」といってそういう強烈なイメージを連想する人は身近では少ないように思う。こういうところにも世代の違いを感じる。
雨宮さんは、政治的なことは考えてはいけない、口に出してはいけない、ということに加えて、「社会のせいにするな」とも刷り込まれたと話す。
とにかく「政治のことなんて考えるな」と言われたことで、貧乏なのも、生きづらいのも、社会の責任ではなく自己責任だと考える思考回路が刷り込まれてしまった。頑張れば報われるいい社会なのに、落ちこぼれてしまったのは、自分がダメだからだ。自分の責任なんだ、と。なぜなら日本は身分制度もないし、とても自由で、努力すれば報われるいい社会なんだから、と考えていました。(p.49-50)
ぼくも学生の頃は、「社会の責任」なんていうことを考えたこともなかった。与えられた社会や環境のなかで、自分が努力するしかない、努力すれば幸せになれる可能性が上がる、と。ぼくの場合は幸い、生活に困ることもなく、好き放題に勉強でき、欲しいものは少し頑張ればなんでも手に入るような恵まれた家庭や環境で育ってきたが、生活に困り、努力しようにも存分にできず、不幸に思える状況に陥ってしまったら、自分を責めるしかなくなってしまう。
団塊ジュニアはまた、「人に迷惑をかけるな」と呪いのように言われて育った世代だと雨宮さんは話す。
たしかにぼくもこの言葉をよく聞いて育ってきた。こういうことを言えるのは、人に迷惑をかけずに済める幸運な境遇にいる人たちである。団塊より上の世代の方が、人のお世話になるな、頼まれたらすぐに「はい」と言える人間になれ、と言うのを聞いたことがある。これは「迷惑をかけるな」よりさらに難しいし、服従的マインドセットで呆気にとられた。
なかには、自分でできることすら自分でできず他人に甘えて迷惑をかけまくって平気でいる団塊ジュニアも身の回りにいるが、生まれ育った家庭や環境によっては、他人にある程度迷惑をかけたりお世話になったりせざるを得ない人もいるわけで、全員に一律に「迷惑をかけるな」と刷り込んでしまうと、迷惑をかけざる得ない人の立つ瀬がなくなってしまう。1990年代後半に、雨宮の周りでもかなりの人が自殺し、みんな言っていたのは、「自分が生きているのは迷惑だから」という言葉らしい・・。こういう考えを刷り込んでしまうのは、なんと残酷な社会だろうか・・。
上野さんは、2000年代に入ってから若い人たちの異変に気づいたと話す。目の前に来る「東大女子」に、リストカットなどの自傷系や、摂食障害で食べ吐きする人が増え、男子学生は対人恐怖と引きこもり…子どもたちの世界にいったい何事が起きているのかと本当にゾッとしたという。
彼らをみていて、今、もしかしたらとてつもないことが子どもの世界で起きているのではないかと、心底背筋が凍る思いをしました。それで気づいたのが、ネオリベ社会の「自己決定・自己責任」が子どもたちを追いつめている、という事実です。子どもたちは、気持ちの持っていき場がないから、自分を傷つけるしかない。それを考えると、自分たちが若い頃はオヤジに石を投げていられたなんて、なんと牧歌的だったんだろうと思いました。敵が見えていた時代だから。(p. 58-59)
上野さんはかつて、学生をあえて崖から落として自力で這い上がってこい、というようなやり方をする教師だったそうだが、今の学生たちは叩き落としたら壊れる、ということを学んだという。
「結局、壊れることでしか自分を守れないんですよ。自己防衛として。」と雨宮さんは語る。
病むことでしか、世間も許してくれなくなった。なぜなら、壊れないでいると、「なにを甘えているんだ」と言われるから。病名がついたり、「この人やばいな」と思わせないと、世の中がどこまでも求めてくる。長時間労働など非人間的な働き方や、ハラスメントで。(p. 60)
雨宮さんはさらにこう話す。
壊れるというのは、避難でもあるんです。病名があると堂々と休めるし、堂々と大学や労働市場から撤退できる。つまり、生き延びるために壊れている。それを「甘えている」と言われるのは、本当にきついです。(p. 61)
苦しいときを経験してきた雨宮さんだから言える、愛のある代弁だと感じる。
どの世代も、どの時代も、努力する(できる)人、甘える人、頑張る人、怠ける人、といった割合は、そう変わらないのではないかと思う。もちろん、全体的にラクできる世代もあれば、全体的に苦しい時代もある。どんな時代であっても、本当に苦しい境遇にある人に対し、「本人の責任だ」で済ませてしまう社会は、誰にとっても生きづらい社会だと思う。たまたま今、恵まれた環境にあっても、いつ誰が苦しい立場になるかわからないし、他人の苦しみはどこかで自分ともつながっている。
複雑化し、細分化され、隠蔽された社会では、何がどうなっていて、何の原因が何にあるのか、簡単には見えてこない。目の前のことに自力を尽くすとともに、社会全体、世の中全体のことにも視野を広げて視点を行き来し、自分にできる小さなことでも手を打っていくことも重要だと感じる。世代を越え、時代を越えて視野を広げてくれる一冊だった。
【関連記事】
by 硲 允(about me)
twitter (@HazamaMakoto)