他人をむやみやたらに誹謗中傷するのと、他人を崇拝してその人の言うことを盲信するのとには、共通点があります。
「他人頼り」だということ。
結局、自分が望むものを他人の中に求めているということです。
自他の区別ができていない。自分は自分、他人は他人。自分にとっての正解は自分で決めたらいい。
一人ひとりの人間には、自分の意志によって、この世で何かを創造していく生まれ持った権利があると思います。
他人を貶めたり崇拝したりしてばかりいるのは、他人の創造に振り回されているのと同じこと。
他人は他人、自分は自分。
もちろん、他人の創造に関与していくのも自分の創造です。しかし、そのときに、自分が何を創造しようとしているかを明確に意図しているかどうか。
単に、反射的に、他人の創造に振り回されていないか。その結果、自分が望まないものを創造していないか。常にそれを自問自答することで、自分自身の創造の精度を高めていけるのではないかと思います。
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