By Leonardo da Vinci [Public domain], via Wikimedia Commons |
「誰にも邪魔されず、自分が完璧とする、あるいは理想とする世界を形にしたい」
そういうものではないかと思いました。
この現実世界をキャンバスや舞台にすると、自分以外の人間による意思とぶつかり、完全に自分の思い通りにはいかないわけですが、一人になる時間と道具さえあれば、原稿用紙やキャンバスや譜面の上で行う創造を邪魔する者はいないわけです。
そこでは、何を創造しようがその人の自由。完全な自由が与えられているわけです。
だからでしょう。現実の世界で大きな壁にぶちあたったり、大きな不自由を経験した人間は、ときとして大きな芸術作品を生み出すことがある。
ぼくは現実世界でどちらかといえば呑気に生きているので、芸術の表現においても呑気なものが生まれがちです(それが持ち味だとも思っていますが)。
芸術家にとって、現実の世界と芸術表現の世界は表裏一体。芸術至上主義に走ると、現実世界での生活に破綻をきたす場合があります。それを望まないのであれば、芸術における創造活動が現実世界に創造する「副産物」を自覚しておく必要があります。
現実の世界における創造も、芸術による創造も、この世における「創造」であることには変わりありません。結局は、自分が何を創造したいか。それを自分で決める自分が一人ひとりの人間に与えられています。