「◯○は、強運の持ち主やから」
ぼくの相方にそう言ってもらって、何だか力が出た、というか、そう言ってもらえてよかった、とお隣さんが伝えてくれました。相方がいつも元気のでる言葉をかけてくれる、と。
言葉の力ってすごいね。という話になりました。
言葉による「暗示」というのは、かなりの力を持っています。いい意味でも、わるい意味でも。だから、言葉というのは慎重に扱うべきです。
本人に悪気はなくても、ちょっとした言葉が相手を傷つけてしまうことがあります。知らないところで相手が傷ついていて、立ち直るのに何週間もかかる、というようなことすらあります。
その反対に、何気ないひと言が、相手に元気を与えることもあります。ぼくもいろんな人の言葉から元気や勇気をいただいてきました。
相手に元気を与えるというのは、先日ブログに書いた「compliment(褒めること、褒め言葉)」もそうですね。
世界をよりハッピーな場所にする「compliment(褒めること、褒め言葉)」。 - 珍妙雑記帖
ただ、どんな言葉もそうですが、それが本心から出た言葉であるべきだと思います。
「◯○は、強運の持ち主やから」と言ったのも、その何日か前に、実際にそういう出来事があったからでした。「◯○は強運の持ち主やな〜」と二人で話していました。それをあとから本人にも伝えてところ、「そうだったのね〜」と。そういう根拠をわざわざそのときに言わなくても、そういう根拠があるのとないのでは、その言葉にこもるものが違ってくるのでしょう。
言葉というのは創造の道具というか、自分が生み出す言葉自体が創造です。自分が何を創造しているのかを常に自覚し、自分の望むものを創造していきたいものです。