子どもの頃にどんなコンテンツに触れるか。大人の責任も大きい。

by 大島町絵本館 08 / midorisyu


同じ敷地内に住むお隣さんが保育の仕事をしているので、よく子育てや教育の話をします。

昨日は、子どもの頃に見るアニメや漫画について盛り上がりました。

ぼくは見たことがないのですが、最近人気らしい「妖怪ウォッチ」というアニメは、わるいことが起こったら妖怪のせいにする、というようなシーンがよくあるらしく、こんなのばかり見ていたら何でも他人のせいにする人間に育ってしまうかもしれないと、お隣さんは心配していました。

旅行でどこかのホテルに泊まったとき、ロビーの大きなテレビで「北斗の拳」が放映されているのを目にしたのを思い出して話しました。主人公のケンシロウに倒された敵(名前は知りませんが)が、死ぬ間際に、「〜、めんどくさい。死ぬの、めんどくさい」と言いながら死んでいくのを見て、苦笑しました。何でも「面倒くさい」と口癖のように言う子どもや若者がいますが、死ぬのですら面倒くさいとは、究極的というか、現実の世界をよく観察して描いているなぁと妙に関心しました。こんなアニメばかり見ていたら、子どもたちが「起きるの、めんどくさい。ご飯食べるの、めんどくさい。寝るの、めんどくさい」と言い出さないかちょっと心配ですが。

ぼくが子どもの頃に一番好きだったアニメは「ドラえもん」。最近では、「ドラえもん」の顔も声も変わって、相方の話によるとポケットから武器を出してジャイアンと闘ったりするようになったようで、その変貌ぶりは残念なことです。しかも、すぐに道具を出すようになったらしい。昔は、のび太が困っても、ちょっと出ししぶってからドラえもんが道具を出してやり、でものび太は道具を使いこなせずに終わる、というパターンが多かったように思います。「道具に頼り切ってはろくなことにならない」というような裏のメッセージもあったのでしょう(当時はそんなことを思わずに見ていましたが)。

「道徳的な」アニメでなければいけないと言っているわけではありませんが、子どもが見るアニメの作り手というのは、それを見た子どもがどう感じ、子どもの感性や考えや行動にどういう影響を与えるかについて自覚的であるべきです。それを見た子どもがどんな大人に育ってほしいのか、そういう願いが込められているべきです。

最近見たものでは、映画「ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年」がとてもよかったです。シンプルなストーリーですが、一つひとつのセリフやシーンに深みがあり、観たあと、やさしい気持ちになれる映画でした。大人も楽しめるし、こういうのを子どもたちにも観てもらいたいと思いました。

子どもの頃に見たものと言えば、ぼくは絵本が大好きで、寝る前に親に読んでもらったり、もう少し大きくなってからは自分で読んだりしていました。

本棚に昔話や童話の絵本が何十冊もあり、特に印象に残っているのはこういう絵本。


手ぶくろを買いに (日本の童話名作選)



かさじぞう (松谷みよ子むかしむかし)



ないた赤おに (大人になっても忘れたくない いもとようこ名作絵本)


子どもの頃の想像力というのはすごいもので、絵本を見ると本当にその世界に行ったかのように感じていたものです。今になって昔よく読んでいた絵本の「絵」を見ると、その感じがよみがえってくることがあります。

大人が想像する以上に、子どもというのは大人たちが作ったものの影響を大きく受けているものなのでしょう。子どもの目に触れるところに、大人がどんなコンテンツをつくり出していくかは非常に重要なことで、大人たちはそこに自覚と責任を持たなければならないと思います。

子どもの頃、どんなアニメや絵本がお好きでしたか?